ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第20回 『身上調査における「危うい無知」(3) 』
要は身上調査によって露呈した求職者の過去の問題行為をして採用予定の職種(仕事)にはどのような問題が降りかかるのか・降りかかるかもしれないかについて誰もが理解・納得し得る合理的判断基準を定めた文書を用意していなければ、「面接官の選り好みで不採用にされた」延いては「この会社には不当な判断基準が存在する」と見做されても仕方ないとなるわけです。即ち、企業側がリスク回避を目的に先手を打ったつもりが逆に作用するかもしれないということです。だからこそ採用予定の職種によって採用判断基準が異なってくるのは当たり前でむしろ判断基準が同じであることの方がおかしいとも言えるのです。但し例えば、直近の履歴に車のスピード違反記録が多数見つかった求職者がデリバリー職に応募してきた場合、あなたなら採用するでしょうか。ではその求職者が応募してきたのが経理職だったなら如何でしょう。「滅多に外出しないと言えど、冷静沈着に職務を遂げるべき経理職がそれでは困る」と思うかもしれません。だからこそ貴社なりの要件・基準を確立する必要があるのです。
まだあります。調査結果を理由に不採用とする場合においては、求職者に対して2段階の通知手順を踏む必要もあります。 Preliminary notice / pre-adverse action notice:バックグランドチェックで憂慮すべき調査結果が出たことを求職者に通知します。通知書類は調査結果報告書のコピーと共に期限内での連絡および調査結果が間違っていることもあるため反論の機会や調査会社への問い合わせ方法、求職者の権利について記載されます。 Adverse action notice:期限内に反応が無いもしくは不採用決定を覆すような説明・反論が無ければ、バックグラウンドチェックの結果を理由とした不採用の通知を行います。不採用通知には再び調査結果のコピーを同封し、Federal Credit Reporting Actや各州法によって守られている求職者の権利や異議申し立てがある場合のプロセスを記します。
これらを通知過程を経ずに不採用とした場合、企業は採用手順を怠ったとして求職者から問題視されることになります。
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ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第19回 『身上調査における「危うい無知」(2) 』
前回=10月22日号掲載=の記事では、企業が人を採用する際に候補者のバックグランドチェックを怠ったことから雇用後に周囲を巻き込む問題が発生し、Negligent Hiring訴訟を起こされてしまう。その後、米国で続けざまにテロが起きたことと相俟って米系企業が「実は従業員のプライベートを何も知らない」と省み、規模の大小を問わず企業や組織が一斉に採用に対して注意深くなり、その多くが必ずや同調査を行うまでに至った経緯をお伝えしました。
しかし、いずこの企業も雇用前措置として同調査を導入し始め、今では雇用前調査を行うのが当たり前になったのは企業側の防衛措置からみて喜ばしいことなのですが、それを逆手にとる候補者も出現しました。
企業側は、採用候補者のバックグラウンドチェックを行うに際して、候補者のプライバシーや個人情報の取り扱いに注意を払わざるを得ないことから細かな手順なり厳しい諸規則なりがあることを理解しており、例えば調査会社の団体自らも認めるように、1万人に1人の割合で同姓同名の別人のバックグランドを報告するケースなどが起こり、だからこそ本人確認過程の一環として調査会社から出された報告書のコピーを採用候補者に渡して調査結果が本人のものであることを再確認したり、ほかに、同意のない調査は受け入れられないことから調査開始以前に幾重もの文書を用いて調査実施に同意を求めるための手順を踏んだり、と、それらを努めて遵守するよう予断を許さず行っているのですが、調査結果報告書のコピーを渡して本人確認を経ればそれで全ての手順に則ったと思いがちです。しかしそこに企業自らがリスクを抱え込むことになってしまう危険が潜んでいます。
米国中の日系企業から弊社に向けて「バックグランドチェックを行ったところ、犯罪歴や気になる履歴が出てきたので採用を取りやめたい」との相談は少なくありません。バックグラウンドチェックの結果を理由に採用を取り止めることができるかどうかは、募集時に当該ポジションが求める諸条件をきちんと開示しているか、バックグラウンドチェックの結果から出てきた問題履歴の深刻度、問題履歴発生の時期、問題履歴の実際、これらが募集する職種に如何なる悪影響を及ぼすかなどによるところであり、ケースバイケースなのです。だからこそ候補者側に「後出しじゃんけん」と取られぬよう、企業の判断基準を綴ったポリシーを確立することが必要なのですが…。これ以外にもまだあります。
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ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第18回 『身上調査における「危うい無知」(1) 』
前回=9月24日号掲載=の記事にて、現在のような人手不足が常態化した時期にあるならば、見つかった候補者が自社のオファー額よりかなり高値であっても端(はな)から対象外とせず有力候補者として採用検討することが肝要。反面、当人の職務遂行能力が会社の期待値を下回っていた場合は採用して間もない時期であろうと早々に見切りをつけ解雇を決意するとの即時即断型に転換していくべきである、と説きました。
背景には、依然として全米失業率3.5%/9月との完全雇用(就労を望む失業者数0)で売り手市場の状態であることに加え、候補者に対して2次・3次面接を促したり条件交渉している間に他社に決まってしまう…とりわけオンライン面接で日に数度も面接を受けられる昨今は候補者も時間も待ってはくれない…との一刻を争う事情も絡んできます。
続けて、「採用即解雇」を実践すれば米国でならば「遣り手」と映るも日本の親会社からは候補者の適性を見抜けない「ダメ駐在員」のレッテルを貼られる恐れもあるため、親会社に対しては日頃から陰に陽に米国の現状を知らしめておかねばならない、とも説きました。
そんな中、自社の求人広告に応募があれば歓喜し、一定の警戒はするものの他社に先んじるべく候補者が用意した履歴書の情報と(オンライン)面接での印象を主軸に採用を急いてしまいがちです。今の状況では致し方ない面もありますが、そこで即時即断型にて採用促進を推し進めるあまり、逆に「雇用」において重大な結果をもたらしかねない「危うい無知」について取り上げたいと思います。
皆さんもご存知の「バックグラウンドチェック(身上調査)」は30年程前から広がってきたのですが、予めバックグラウンドを調べたならば決して採用しなかったであろう候補者の身元を調査せずに採用した結果、以前と同様の問題を起こし周囲が被害に遭うことで会社側に対し「Negligent Hiring」を理由に被害者側からの訴訟が増えたことが普遍化した発端でした。
和訳すれば「怠慢なる雇用」とも「過失採用」ともなりますが、要は、(1)薬物を摂取し問題行動歴のあった者を雇い職場で事故を起こした(2)飲酒運転やスピード超過歴のある者を雇い配送時に事故を起こした(3)かつて詐欺行為を働いた者が会社のお金を横領した─等が顕著ゆえ、「一定の警戒」を怠らぬよう今ではバックグランドチェックは採用手順に不可欠となりました。(現在、犯罪歴調査実施には制約あり)
更にそこに以って、1995年にオクラホマシティー連邦政府ビル爆破テロ事件、次いで2001年に同時多発テロが起きたことにより、規模の大小を問わず多くの会社や組織が同調査を実施するようになったのが今日迄の経緯となりますが、とりわけ前者は当初、外国のテロ勢力の仕業だと推測されていたのが実際は元は優秀な陸軍兵士の犯行であったこと(後に民兵組織ミリシアに属していたことが判明)から、米国全体が「実は同僚のプライベートを何も知らない」と省みるようになったことで導入に一段と拍車がかかることになりました。(このあと一部業種や政府系機関では義務化に至った)
この不可欠な身上調査にこそ危うさがあるのですが、それについては次回に解説します。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第九回 『焦点を当てるべきは社員達』
前回8月号の「人事・備忘録」では、採用市場が過熱している中で人材獲得競争に打ち勝つには、時に現金勝負が必要であるが、他社がますます魅力的なオファーを重ねることにいずれ追いつけなくなると考えるならば、雇用方針・職務環境・総報酬制度・ベネフィットなど自社の雇用政策に立ち返ること、即ち根幹を省みることに活路を見いだすべきとお伝えしました。もちろん見直されるべき雇用政策が、そこで働く上司・部下・同僚間の良好なる人間関係に立脚していることは言わずもがなです。
ところで、今日の過熱した大量退職・人材獲得競争がそろそろ鈍化してきたとも考えられるのですが、理由は、ここ2年ほど活発だった退職や転職の動きが一段落し、人々が簡単に会社を辞めなくなってきたこと、とりわけコロナ禍を機に更に早めの「早期リタイア」を目指していた中高年代の動きが収まってきたとのニュースが巷に流れるようになってきたからです。
こういった現象は、考えてみれば当たり前のことで、「コロナ禍で生活が一変した」や「外出禁止令が仕事を含むライフスタイルを見直す契機となった」とは誰しもが云うも、では「働かずとも暮らしていけるのか?」と自らに問えばそれが甘い考えだと即時わかるでしょうし、余程の資産家あるいは多くの貯蓄がない限りやはり人々は働かねば生活していけないからです。それに求人欄には羨ましいほどの高給オファーの募集がずらりと並び「転職すればそれが貰えるのか!」と一瞬唸るものの、それら高給はもちろん今以上に身を粉にして働くことが前提です。
従ってこのような動きが戻ってきた今こそ、補充目的の人材採用活動に四苦八苦するより前に、現在働いてくれている従業員をケアすることに着目、いや着目は常にしているでしょうから、「更に」焦点を当てるべきでしょう。
ただし、従業員のケアを主眼に置いて雇用方針・職務環境・総報酬制度・ベネフィットなど自社の雇用政策を省みるとは言っても、ではどこから手をつけようかと迷うのも必定。そこで、従業員達が今現在何を望んでいるか?何を会社に期待するのか?どうなりたいのか?を知るべく「従業員意識調査」や「人事監査」を実施すべきだと考えます。これらは自社内でも出来ますが、匿名性を確保し且つ客観的な目で分析するべく、折角ならば設問の段階から外部サービスに頼ることを強くお勧めします。
さて、冒頭で「良好な人間関係に立脚した上での雇用政策の見直し」を謳いましたが、それは自社の従業員達が「うちは働き易くて素晴らしい職場だ。人間関係も申し分ない!」と内外に喧伝することこそが、良い人材が集まってくることに大きく作用するからであり、たとえ仕事が厳しくても、快適な職場且つ良い人間関係を築ける環境であることこそが、人材獲得の最大要素たり得るからです。これからホリデーシーズンに突入し、人材の流動性が一時的に落ち着くであろうこの時期に急ぎ行動に移し、迎える新年に備えるべきです。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第17回 『雇用維持と採用促進策(2)』
前回=8月27日号掲載=の締め括りに、「基本給は低いがボーナスが良い」とのこれまでの日系企業にありがちな募集条件ではそもそも求職者の検索初期段階で引っかかってくれるかどうかすら分らないこと、次いで小規模の在米日系企業ならば市場平均給与値の25%~50%内に収まっていれば穏当と説いてきたがこれを中央値かそれ以上にまで引き上げる必要があること、以上のことから募集段階で魅力的に映らないボーナス額の比率を下げてでも基本給与ほか確実に支払われる報酬(額)を前面に打ち出せるよう施策すること、これらを急ぎ行うことが今の世情に合った喫緊の雇用促進策だと私見を述べました。
即ち、これまでは長期に亘って日系企業が踏襲してきた報酬提示のあり方…低めの給与、高めのボーナス、手厚いベネフィット、厳しくないノルマ…のままで良かったのが今ではむしろ人材採用の足枷にもなってしまっており、にもかかわらず依然として多数の日系企業は維持継続に努める由。
日系企業や日本人の心の中には「先ずは成果を上げよ、然すれば自ずと報酬がついてくる。天はちゃんと見ている」との考えが根強くあり、これに私も個人的には賛同しますが、実利優先の考えの米国ではよほど名の通った会社でない限りこの方針では現在進行形で起きている人材獲得競争には勝てません。
しかしながら「実際に本人が言うほど優秀なんだろうか?」と懐疑的になるのもこれまでの例からして仕方ないことだと理解はします。従ってここは米系企業の如く高値でも採用する決定を下し、当人の職務遂行能力に満足できないならば採用して間もない時期であっても解雇を決断するとの即時即断の割り切った方法に転換していくべきであるのは言うまでもありません。但しこのことを実践するには先ず(日本の)親会社を説得しなければならず、それにはニュース記事やサーベイ結果などを報告し続け常日頃から米国の近況を知らしめておく周到さを要します。何故なら直近に採用した従業員を短期間のうちに解雇することは、担当した駐在員自らの面接採用能力が疑われるか或いは失敗したとレッテルを貼られかねないからです。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第八回 『現金勝負が目立つ人材獲得合戦』
前回6月号の「人事・備忘録」では、既にリモートワークに馴染んだ従業員たちと全日出勤再開を目指す会社側との間で働き方に対する意識の乖離があること、また地方にある製造企業では駐在員までもが交代制シフトに加わらねばならないほど工場労働者の確保に四苦八苦していることなど、業種問わず多くの在米日系企業にて日々綱渡りの如き人事運営が行われていることについて触れました。
このような状況の下、繰り返しとなりますが、今日彼らから寄せられる問合せは①現従業員の留保策(リテンション)と②新規補充(新たな採用)など人手不足問題に集約されます。
尚、これら①②に触れる前に理解しておくべき事として、①なり②なりに向けた解決策には「正解」がないということです。言い換えれば企業によって解決策は「まちまち」であり、「最適解な」解決策は企業規模や環境・ポジションはおろか会社運用年数や当該従業員の勤続年数および各々が置かれた状況やライフスタイルによっても大きく変わってくることです。それ故、弊社から各地の・各業界の・各規模のお客様に向けては、ケース毎にそれこそ数多のアドバイスを提供しているのが実情です。従って「これは駄目あれも駄目」とか「これは効果なし」と否定したり自家撞着を恐れず、自問して浮かんできた案は何であろうと実践しようと試みることも大切でしょう。
現在は採用市場が過熱し、さながら人材獲得合戦の様相を呈しています。そこらじゅうで「Now Hiring(人材募集中)」のサインが目立ち、企業間ではHiring Bonus(着任賞与)オファーや初任給上乗せ、商品提供、はたまた給与増額や着任賞与オファーといった「現金勝負」な状況に陥っています。テキサス州の或る独立系ファストフード店が定着しない従業員や他チェーン店に移っていく店員たちを目の当たりにし、着任賞与としてアイフォンの最新機種を提供することを打ち出したとのニュースのほか、トラック運転手の圧倒的な不足から或るドライバーの年俸が4万ドルから7万ドルに跳ね上がったとか、ファストフード店で10代の年俸5万ドルのフロアマネージャーが誕生したとか、アマゾンが最大3,000ドルの着任賞与を提示した等々、殊更に目につくニュースが昨年から今春にかけて幾つも出ました。
但し、このような「現金勝負」スパイラルに陥れば、それ以上の額を提供する競合が現れたり時間が経つほどに魅力半減になるほかなく、最後は競い負けてしまうことは自明の理です。少し古いですが2021年6月付の記事に「失業者の39%のみが『1,000ドルの着任賞与で仕事に戻ろうという気になる』と回答した」とあり、これは残り6割の者には魅力的に映っていないことを皮肉ってもいます。
現金勝負が時には必要いや不可欠な場合はあります。唯、もしも現金勝負の勝者になれないと思われるならば、短期的な結果は出にくいものの、人手不足の解決策の種が自社の雇用方針・職務環境・総報酬制度・ベネフィットなど結局は雇用政策の根幹にありと省みれば、そこに活路を見いだせるでしょう。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第16回 『雇用維持と採用促進策』
前回(7月23日号掲載)も前々回(6月25日号掲載)に続いて大きく脱線してしまい「人口移動の原因」を考察してみましたが、今回からはいよいよ本丸である「雇用維持と採用促進策」に踏み込んでいきたいと思います。
ところで遡ること数カ月前、台湾の半導体製造大手企業であるTSMCを日本が官民一体となって後押しし、同社が熊本県に製造拠点を設けることになったというニュースが出たのを皆さんもご覧になったと思いますが、幾つかの記事が報じたところによれば、同工場が2024年の工場稼働に向け「新規採用人数が1200人・初任給が28万円」で採用活動を始めたようで、これは日本経済にとってかなりスケールの大きな話だと感じました。
唯、同社の進出に九州経済界が期待を寄せる一方で、地元産業界の間では同社の進出により人材獲得が一段と難しくなるとの懸念が広がっているとの話は正しくその通りだと思います。これは日本に先んじて米国でも同じことが起きており、郊外または僻村にアマゾンの倉庫が設けられ、周囲の時給が一気に跳ね上がる現象が米国内の至るところで起きているのはご承知の通りです。
製造業種を除き、これまでの在米日系企業は歴史的にみても「低めの給与、高いボーナス、手厚いベネフィット、厳しくないノルマ」という体の企業が多かったのですが、健康保険代の高騰により従業員の拠出額を上げざる得ない企業が増えたこともあり、ベネフィットについては日系企業の優位性は以前より下がっている…それどころか米系企業の中には奨学金ローンの肩代わりやフルリモートワークを打ち出すところも現れるなど…益々不利な状況になっていっているのが実情です。
またボーナスは基本給以外の変動報酬であるため、雇用主側としては報酬の調整がし易いものの確実に得ることのできるインセンティブプログラムでない限り、求職者にすれば「企業の利益が良かった場合のおまけだろう」という見方が強くあります。これは人材募集サイトの検索条件が専らベースサラリーが主であるため、「基本給は低いがボーナスが良い」とのような日系企業にありがちな募集条件だと、求職者をしてそもそもの検索絞り込み段階で弾いてしまうことが多く、これらを改めない限り、いつになっても人員募集の時点での日系企業の優位性が高まることはありません。
あと、ベースサラリーについて弊社では過去に「小規模企業は市場平均給与値の25%値から中央値の間に収まれば妥当」と説いてはきたのですが、昨今の状況を鑑みるに出来る限り中央値に近づけるかそれ以上にまで引き上げる必要があります。即ち、募集段階で魅力的に映らないボーナス額の比率を下げ、その分を基本給与額に上乗せするなどの対策を検討するべきで状況にあります。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第七回 『加速する賃金上昇傾向と人手不足問題』
前回4月号の「人事・備忘録」では、従業員や求職者に向かって「なぜ接種しないのか?」と質す行為にはリスクが生じるものの、一方で「ワクチン接種済みですか?」と尋ねることになんら問題はないこと。ただし、それら対象者に接種記録(証明カードやワクチンパスポート等)を提示するよう追加で求めるのはこれまたリスクを生む行為となり、理由は感染者はADA(米国障がい者法)の下では保護される立場にあり、別の傷病を負った者と同じように扱わねばならない為だとお伝えしました。かつ、雇用主側は最大の取り組みとして、Covid-19に関わる全てを盛り込んだ「企業方針」を、通常の就業規則とは別に設けておく必要があるということも念入りにお伝えしました。
ところで、徐々に減っていた感染者数がここのところ再び増加に転じているのが気になるところですが、これ以外にも、ウクライナ侵攻やそれに伴うロシア国債のデフォルト危機および中国の長期に亘る上海ロックダウン(都市封鎖)等々が、コロナ禍と同時に始まった製造に携わる労働人口の大幅下落や物流の依然とした滞りが世界規模で回復し切っていないところに追い討ちをかけています。
他にもまだあります。これらの事象による歴史的インフレや連邦準備理事会(FRB)による政策金利の引き上げ(利上げ)とが相俟って、経済面では米国や日本株の暴落、さらに円安が起こるなど、パンデミックに突入した2020年の時以上に、今後、従業員やその家族など人々の暮らし向きが心配されます。
このような現代人がかつて遭遇したことのない世界が進行する中、直近の米国の物価上昇率が昨年比で2月は7.9%、3月は8.5%、4月は8.3%と米政府機関により発表され、とりわけ3月の数値は1981年12月以来の最大の上昇率となり、いわんや「賃金上昇率の方は推して知るべし」です。
多くの在米日系企業がこのような賃金上昇の圧迫を受ける中、リモートワークに慣れ親しんだ従業員たちはというと、会社からの出勤再開の要請には前向きになれず、さりとて出勤を強制すれば退職も辞さない構えと聞きます。都市部ではリモートワークが成立する職務が多いのでまだ対処が可能であるものの、対する地方では工場勤務が専らで、現時点で従業員の補充に四苦八苦し、日本から出向してきた駐在員までもが3交代制の勤務シフトに加わる事態になっており、業種問わず、薄氷を踏むが如く日々の人事運営をしている状態ですが、渦中にあるのはやはり「人手不足」の問題です。今回の「人手不足」がいつ収まっていくのかが誰もわからない今日、今後はこの人手不足と絡めつつ企業の人事運営に焦点を当てていきたいと思います。
ニューヨーク Biz! 掲載 「HR人事マネジメント Q&A」 第15回 『人口移動の要因』
前回=6月25日号掲載=は、ただいま起きている米国内地域別人口の変化について触れ、大都市圏では都心近くから郊外への人口移動が顕著になっていること、また州別でみると、カリフォルニア州・ニューヨーク州・イリノイ州が人口流出トップ3州であり、対する人口流入トップ3州がフロリダ州・テキサス州・アリゾナ州であることをお伝えしました。
ではそもそも、なぜ北部あるいは都市圏から人口が流出し、南部諸州への移入の傾向が見てとれるのか? もちろん気候や生活費が要因なのも大きく占めるでしょうが、この原因を私なりに考えると産業革命時代まで遡る必要があります。
ここアメリカでの18世紀の終わりから20世紀初頭の間に起こった産業革命の時代、その産業勃興期に時同じくして起こり始めたのが労働運動。一時期は世界恐慌時に雇用を安定させる手段として重宝されたりもするのですが、しかし同運動が全米に広がるに連れて労働組合が強い力を持ち始め、労働運動それ自体が過激なストライキを打ったり暴力的になったりと負の影響を与え出したことは皆さんもご存知の通りです。とにかく先鋭化するこの労働運動に向けて一部諸州ではRight to work法を策定し対抗し始めたのですが、この同法が人口移動の要因の一つであると私は捉えています。
Right to work法は日本語では「労働権法」とも「働く権利法」とも訳せますが、現時点ではおよそ28州で可決されています。同法を一括りに説明すれば「労働組合に強制加入させられずに働く(労働者の)権利」です。
早くから工業が発展し、古くから自動車製造工場などの産業が多かった北部地域が同法を施行し始めたのは、例えばミシガン州は2012年、インディアナ州やウィスコンシン州が15年、ケンタッキー州が17年と割と最近になってからであり、冒頭で取り上げた人口流出トップ3州であるニューヨーク州、イリノイ州、カリフォルニア州のほか、ニュージャージー州、ペンシルベニア州、オハイオ州、コロラド州、オレゴン州、ワシントン州などでは今以て施行されていません。対する南部諸州では、人口流入トップ3州のフロリダ州とアリゾナ州が1944年に施行、テキサス州が93年、その他にテネシー州・アーカンソー州・ジョージア州が47年、アラバマ州が53年、ミシシッピー州が54年と、テキサス州を抜かせば凡そ半世紀前には既に可決し施行されています。
比較的最近になって同法を施行し始めた北部諸州ですが、企業誘致を考えれば当然ながら出遅れた感があり、対する南部諸州ではかなり以前に同法を施行していることから、組合活動は振るわず、労働運動そのものも起こりづらく、また割高な賃金を払う必要もない。このようなことから製造業が多く進出しまた引き続きそのような風土ゆえに、特別な事情がない限りはいずれの企業も今後の工場の立地先として先ずは南部地域を候補に挙げるであろうことは明らかです。
このような労使の歴史ならびに南部諸州が今以て緩い労働・雇用関連法であることから、サプライヤー企業も周辺地域に入り、多くの雇用が生まれる体制になっていくのと相まって人々は自ずと南を目指すのではないかと考えます。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第14回 『雇用維持と採用促進策(データ)』
前回=5月28日号掲載=では、ここ最近は労働者が様々な理由で就労先を離れる事実から、多くの企業で起きている人手不足問題の現状を取り上げ、今号以降は労働者を如何に維持確保するかについて、企業の間で試みられているアイデアを紹介していく旨を予告しましたが、それらを取り上げる前に先ずは今起こっている事実、即ち、米国内の地域別人口の変遷についての実態に触れたいと思います。
本年3月24日付で米国国勢調査局(U.S. Census Bureau)が発表した推定によれば、2020年7月1日から21年6月30日までの米国内の各「郡(County)」の3分の2以上で、出生数よりも多くの死者数が記録され、そのような群は前年同期55.5%から73.1%に増加したとのこと。しかも21年11月17日付で米国内各社が一斉に報道していましたが、米国では薬物過剰摂取による死亡者数が初めて10万人を超えたとのこと。
この数値だけ見れば米国内各地において総じて「人口減」が起きていると誰もが考えがちですが事実はそうではなく、とりわけ特定の小さな郡では逆に人口増が顕著になっており、実に郡全体のうちの58.0%がこの動きに該当するようです。
これは多くの場合、国内における州間または郡間の移住が主な原因で且つ人口減を相殺するに十分な人口流入があったことを意味し、同局をして「最新のデータで、大都市圏からの人口流出が明らかになった」と斯く言うほど。同データが20年7月から21年6月の期間のものであることを考えればコロナ禍が作用したのは必至です。
では人口減が顕著である都市圏を同局が出す下記のランク表から数字だけ引用する形で見てみましょう。
このランク表からも大都市圏から近郊の小さな郡に人口が移動していることは一目瞭然ですが、同局は続けて、19年7月1日から20年6月30日までの南部地域への国内移住が米国内では最大の動きともいっています。
American Enterprise Instituteが出した20年4月から21年7月までのデータから人口流入の多いトップ10地域を州別順位で記しますと、1位がフロリダ州、2位がテキサス州、その後にアリゾナ州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、テネシー州、ジョージア州、アイダホ州、ユタ州、ネバダ州が続きます。
対する人口流出の多いトップ10地域は、1位がカリフォルニア州、2位がニューヨーク州、その後にイリノイ州、マサチューセッツ州、ニュージャージー州、ルイジアナ州、メリーランド州、ハワイ州、ミネソタ州、ミシガン州が続きます。
幾つか補足しておきますと、ルイジアナ州は人気の南部地域であるにもかかわらず昔から仕事数が少なく、ここ2年ほどは近隣州のテキサス州やミシシッピ州に流れているようです。あと、人口流入のトップ10入りを果たしているアリゾナ州やネバダ州ですが、それら州でさえもフェニックスやラスベガスなど都市圏からの人口流出が見てとれます。このことからも総じて都市圏から近郊の郡に人口が移動していることがわかります。