ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第42回 『人余りの始まり(4)』
前回=10月26日号掲載=の記事にて「現在の昇給圧力には最近はじまったFLSA Salary Test やPay Transparency Actが強く作用しており、在米日系企業の間でもいよいよ愁眉の問題となってきた」と締めくくりました。
ここ数年の大退職時代と言われる動きが既に一段落したであろうことは皆さんも同じように思われた筈で、これは雇用指標調査の主軸である募集数・採用数・退職数全ての数字が下がって来た統計結果でも明らかであり、つまり人々は今の仕事を辞めて転職するリスクを取らなくなった…もちろん毎年この時期から始まるホリディーシーズン期間中は就職退職/転職活動の動きが鈍くなることを差し引いてみても…ということです。
翻って、仕事を探している人の割合は依然として高く且つ失業率も上がって来ています。これは自主退社や解雇レイオフによるものではなく、家庭事情および復学やリカレント教育の目的のほかワークライフバランスなど何らかの理由により暫くのあいだ就労していなかった人々が新たにまたは再び仕事に復帰しようと試みるも職を見つけるのに苦労していることに因るものとされています。そしてこの中にはアルバイトではない初めて正社員職を求め奔走する新卒者グループもが加わります。
働き盛りの25~44歳の壮年層に限っていえば労働参加率が就労可能人口比で83・8%(2023年時)と実に20年前レベルの83%越えにまで戻って来ました。即ち、求職者数は多いものの前述の募集数・採用数・退職数が下がっているため働く先を見つけられずにおり、それが失業率に反映されているのが実態のようです。(注:失業率は求職活動を行いながら失業保険を申請受給した人数と総雇用数との比率で測られます)
ところで本来なら仕事を探す人が増えれば買手市場となり企業側が出す給料レベルもそんなに上げなくて良い筈。事実、大手コンサルティング会社が発表する今年の市場平均昇給率は一昨年時よりも昨年時よりも下回りました。
ところがそんな労働市場に対し、FLSA Salary Test見直しやPay Transparency Actが各地で施行され始めたことから、需給関係とは別に新法や規制に沿うべく企業側は引き上げざるを得なくなった…労働者達に言わせれば生活費の上昇に追付きはしないものの漸く少しだけ給与額が引き上げられた…との背景があり、件の昇給圧力と因果関係については今回述べる予定でいたものの文字数の都合により次回に回すことに致します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第41回 『人余りの始まり(3)』
前回=9月28日号掲載=の記事にて「例年通りであれば夏は年末商戦を見据え製造業は増産体制となり物流も活発になり加えて小売業や外食産業も雇用を増やす時期に入ると捉えられているにもかかわらず7月の雇用増加数が直近の3カ月に比べて極端に下がったのに続き8月の雇用増加数すらも予想を下回った」と書きました。
ところがここに来て9月の新規雇用数が予想を上回る25万4000件だった報告がなされ加えて7月8月合わせた雇用数も実際は7万2000件多かったと上方修正…それでも雇用増とは言い難い…がされました。このような事象はこの時期特有の新卒者採用と重なるほかにホリデーシーズンに向けた各社の雇用増計画がようやく数値に現れ始めたものとも言えるでしょう。
尚、雇用増の内訳としてレジャーおよびホスピタリティ部門(レストラン、旅行、スポーツ関連)は年初の低迷から抜きん出て雇用が急増し景気を押し上げる好ましい要因にはなったものの、対する製造関連は直近3カ月間で9300人の雇用が失われるなど引き続き減っており、このブルーカラーワーカーの雇用減状態が消極的事実として景気の先行きを不安視させています。またパンデミックが終わったことから医療従事者の新規雇用の方も鈍化しました。
あと、民間企業の全米平均給与値でいうと、今年6月時点で時給が昨年比1・93ドル上昇、即ちここ1年で週給だと77ドル前後、年俸だと4000ドル前後上がったことになりますが、日本でも労働組合や野党の圧力もあり前首相が最低賃金を2030年代半ばまでに1500円に引き上げる目標を掲げたところ、その給与額ではとても賄いきれないと悲鳴を上げる中小企業を中心に雇用が縮小するといわれており、翻って米国の方でも或る米エコノミストが「1年以上の減速の後でも労働市場は良好で雇用者需要と労働者供給の持続可能なバランスを維持しながら幅広い雇用増加と大幅な賃金上昇をもたらしている」と広言するも、現在のように年間を通じて全体的に雇用が減速し続けている中でのこの「昇給圧力」の傾向は雇用減や景気減に働くものとして危惧されます。
ところでこの昇給圧力の背景あるいは理由は、人手不足は言わずもがな、その他にも過去に取り上げたPay Transparency ActやFLSA Salary Testが強く作用しているからだと思います。どちらの法律も前々から囁かれたものでありつつ、ここに来て日系企業の皆さんの愁眉の問題となってきたことが果たして昇給圧力と如何な因果関係にあるかは次回から述べたく予定します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第40回 『人余りの始まり(2)』
前回=8月24日号掲載=そして今回のコラムを見られた方はさぞかし「うむっ?」と訝ったことでしょう。長らく用いてきている横の見出し「人手不足」を変えることなく縦の見出しを「人余りの始まり」としている矛盾に対してです。
これには理由があって、実際に業種・職種によってはまだまだ人材不足のところが多いですし、今後はますます継続して人手が不足する職種と人余りまたは人力が不要になっていく職種とで明確に線引きがなされていくでしょうが、例年通りであれば年末商戦に向けて夏以降に製造業なら国内でも増産に着手し、物流が活発になり、小売業および外食産業も雇用を増やす頃合いと考えられる時期にもかかわらず、7月の(非農業部門の)雇用増加数は11万4000人で過去3カ月に比べて極端に下がったのに続き8月の雇用増加数すらも予想を下回って14万2000人と芳しい数字ではなかった様子。これは8月の失業率が7月の4.3%に続いて4.2%とわりかし高い数値だったことからも窺えます。
それと驚くべきことに9月3日「米国の雇用増加数 80万件以上 低減」との見出しで米労働統計局より出されたのが、「昨年4月から今年3月までの12カ月を再集計したところ当局がこれまでに報告した雇用数合計よりも81万8000件少なかった」との発表でした。月平均に換算すれば実に毎月6万8000件強も下方修正されたことになります。つまり「大退職時代」や「活発な転職活動」と労働者転職者がもてはやされていたにもかかわらず、昨春以来の米国の雇用増加数は思ったほど多くはなく、また今後の雇用の勢い自体も鈍化していることが明らかになった証とも言えますが、けだしこのことは実際の統計結果を待たずとも既に大勢が肌で感じておられることでしょう。
加えて物価上昇率の方も、「7月が前年比2.9%、この数値は2021年以来初めて3%を下回った」と前回で書いた矢先に8月は2.5%までに下がりました。見方を変えれば落ち着いたとも言えます。しかしながら今夏の米国は物価が高止まりしているとはいえインフレ率が鈍化したゆえに連れて賃金もが労働者が期待するほどに上がらなければ雇用市場は魅力的には映りません。言い換えれば強気で職探しをしていた労働者たち(人材ともいう)が願うほどの高給の職にありつけない事態とも言えますが、対する雇用主側は労働市場が冷え込んできているのを直感的に感じ取り、社員たちは転職しない筈と安心して大半の従業員の賃金の上げ幅を今年は穏やかなものにする筈です。こqれはここ数年で上げ過ぎた(と雇用側が思っている)給与額をこの機に抑制することで適正な給与値に戻し安定した経営をしたい思いからでしょう。
以上、人手不足・人余りに二分化していくことが、相対する見出しを掲げた由であります。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第39回 『人余りの始まり(1)』
当コラムを読まれる皆さん方も既に色々な媒体で目にしたことと思いますが、米労働統計局から出された先月の雇用関連統計数値や先行指標に基づき、報道機関各社が8月初めに相次いで今秋以後の景気予測を行いました。
その中の雇用に関係した7月の統計結果は、失業率が4.3%、非農業部門の雇用数が前月比11万4000人増、物価上昇率が対前年同月比2・9%でした。
ちなみに4月・5月・6月の失業率はそれぞれ3.9%・4.0%・4.1%と推移して来て7月時に4.3%と上げ幅を大きくし、かたや4月・5月・6月の非農業部門の雇用増加数は前月比17万5000人・27万2000人・20万6000人と上下動しつつ7月には11万4000人と極端に下がってしまった由。
尚、4月時の17万5000人増との結果には「過去6カ月間で最低の雇用増加数を記録した」との注釈が添えられており、他方で、7月の雇用増加数も4月の実績に同じ17万5000人と予測していたのがそれを6万人以上も下回ってしまった事実をエコノミスト達は相当深刻に受け止めているようです。
あと、前月の当コラム=7月27日号掲載=にて「鈍化傾向が確定しつつあり、経済が少しずつパンデミック前の状態に戻っていく」と書いたものの、他に同じく7月の物価上昇率の結果は予測値の3.0%より低い2.9%で、これが2021年以来初の3%を下回ったことと相まって、今日では鈍化を超え景気後退を恐れる雰囲気が米国全体を覆い始めて来ています。
とにかく景気動向を予測するのに用いられるファクターの中の失業率や雇用増加数いずれの7月の数値もが予想に反するかまたは予測値まで達していないことから、各ニュースはこれらの動きをFRBが9月に利下げに動く可能性と絡めて報じたところが大半でした。
しかしながら、そもそも幾多の雇用を生み出した大手製造業種が全盛を誇ったかつての時代とは打って変わり現在の米国はそれほど雇用を生まないIT産業やIT関連業種が勃興し、況してやそこにAI(人工知能)技術までもが導入され始めれば以後は多くの職種が消失し、とりわけ米国をはじめとする先進国の雇用総数に多大な影響を及ぼすこと必至。
但しそこまで先読みせずとも「現従業員の転職熱が冷め、会社も従業員を補充せず、インターンシップ採用数(新卒枠)すら減っている」との現状を前月の当コラムでも書きましたが、不況期の如き「職に就けるだけ有難い」と皆が考えるようになる時代がもうそこまで来ているかもしれず、さすれば当コラムのサブタイトル「人手不足」は「人余り」あるいは「人員過剰」に置き換えられることになるでしょう。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第38回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(9)』
毎月1回ずつ掲載する当コラムにてここ数カ月間は、犯しがちな同一賃金法に違反しない為には正式に給与制度を設けることが重要であり、設ける給与制度に従業員の職務遂行能力要素を付加するなら前提として人事考課システムを確立する必要があり、考課システムを確立するなら大前提としてジョブディスクリプションを備えることが必要である旨を繰り返しお伝えしてきました。
順序を変えて説くなら、能力向上度合いや職務達成度合いを正しく測るための「基準値」が備わっていなければ職務遂行能力を査定しようがないため、要点となる職務内容や責任範囲など評価要素を綴ったジョブディスクリプションが必要になりますし、各従業員の給与額や昇給率を「統一算定フォーミュラ(計算式)」なしに決めれば恣意的で根拠のない一貫性を欠くプロセスだと問題視されることになり、更には上司による差別行為があったのではとの疑惑を持たれることにもなりかねない為、人事考課システムが必要になるということです。
但しいくら万全に思える一連の人事制度を作ろうとも部下の能力を評価し給与額を決める立場の上司が好き嫌いやえこひいきで採点するようでは元の木阿弥…それどころか会社の立場を危うくすらしかねません。そのため一連の制度を設けたからと安堵するのではなく、査定者側つまり上司の立場にある者がそれら主観的基準を排し部下を客観的且つ真っ当に評価できるよう毎年の如くトレーニングする必要性も生じるわけです。
ところで話は変わり、インフレ率の6月の対前年比が3%と出ました。5月の3.3%と合わせて鈍化傾向が確定しつつあり、経済が少しずつパンデミック前の状態に戻っています。また転職率が減速している中、対する夏季の求人数も過去2年間で大幅に減少し、とりわけインターンシップ数すなわち新卒枠に繋がる求人数の悪化は顕著とのこと。
これは私が最前より申し上げているように、現従業員の転職熱が冷めるに連れて会社は代わりの従業員補充の募集活動を徐々に減らしてきていることから労働市場の方もまた2019年時の如き安定状態に向かっている証とも言えますが、但し依然として労働市場がひっ迫していることに変わりはないため、ここでSHRM研究員が現在の米国雇用事情について大切なことに触れています。
曰く「多くの会社は高インフレに対応するべく過去数年間に亘って従業員の給与額やベネフィット内容を大きく引き上げてきたが、このような方針を見直す(転換させる)にはまだ時期尚早である可能性が高い」、「インフレが再び上昇し始めるかどうかについても依然として不確実性が大きく、下降傾向がもう1カ月続いたとしても給与や総報酬戦略の変更を開始する時期ではないかもしれない」。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第37回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(8)』
前回=5月25日号掲載=のコラムでは、自社にて公平で一貫性ある給与制度を確立し、その制度を従業員たちに等しく適用し続けていけばThe Equal Pay Act違反を免れられるであろうこと。また制度確立に付随してルールを書面化しておくことつまりは当該制度が決してその場しのぎではないことの証を立てるべきだと説きました。
給与決定システムを構築するに当たり、前回の記事で例として取り上げたのが一部で旧弊の如く扱われる「(いわゆる)年功序列」システム。しかしながら法的リスクの回避を考えるなら差別行為の入る余地なく機能する立派システムだといえます。
但し同システムは総じて給与の「一律引き上げ」行為でしかなく、各々の従業員の職務遂行能力あるいは実績や結果を反映させていないため能力ある優秀な従業員たちが居残って働き続けてくれるか大いに疑わしい、況してや大抵の会社が能力主義を採用する米国…とりわけ物価も給与額も高い値で推移している昨今…にてその体制を維持できるかが不安なところです。
では給与額決定に各従業員の職務遂行実績を反映させるか加味したいなら、給与制度構築以前にそれらを正当に測り得る人事考課システムが必要になり、その人事考課システムを構築するなら職務内容や責任範囲を正確且つ詳細に綴ったジョブディスクリプションが必要になるというわけです。
如何なる基準に則って考課するのかの「基」がなければ考課しようがないですし、ジョブディスクリプションなくして考課を行えばそれこそが上司をして個人的意思が働くThe Equal Pay Act違反の元凶ともされてしまうためジョブディスクリプションもまた予めの書面化が必須になります。
ところで話は変わり、ここ最近の米国労働統計局の雇用報告をみるに4月の求人数は過去6カ月の傾向に同じく減っており、オンライン求人広告数の減少傾向とも相まって雇用市場が冷え込んできた証左だと人事業界では捉えていたのが5月は逆に予想をはるかに上回る27万強の新規雇用があった由。他方でその5月は新規雇用が増大したにもかかわらず同月最終週には新たに23万人弱が失業保険を申請して失業率が4%にまで上がったようでまだまだ先読みできない事態となっています。
今夏今秋そして今冬が如何なる状況になってしまうかはわからないものの求人数と離職率を調査するJOLT報告書が出す結果から言える事実は、ここ数年に亘って過去最高数だった離職者数が着実に減少し、ここ半年ほどの離職率と雇用率はほぼ横ばいとなっていること。そして「このパターンが続けば依然として逼迫している米国労働市場は需要と離職率が安定して均衡に向かうであろうこと。つまりは長らくこのコラムのサブタイトルであった「人手不足」の冠を外す時が近づいてきたといえることです。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第36回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(7)』
前回=4月27日号掲載=のコラムの末尾で、The Equal Pay Act違反と問われぬよう雇用主は「年功序列システム・メトリックシステムなど正式に定めた制度の下で各従業員の給与調整を行っており、性別によって給与額を決めていないことを証明する必要がある」と書きました。では証明するには如何なることをするべきか? それには先ずは後出しじゃんけんとみられぬよう前もってルール、制度及びシステムを確立し書面化しておくことが唯一の方法となります。
雇用主(企業)が取り組むべき第一歩は「ルールの書面化」、即ち各々の従業員の給与が最終的に何故その額になったのかを論理的に説明できる制度の構築が必要だということ。理由は(元)従業員から問題提起または訴えを起こされた際に管理職者が自身の頭の中にあるルールを説いてみたところで証を立てられるわけもなく証言は妥当性を欠き、結局は恣意的に給与額が決められたとみなされるからです。
ここ迄で書面化の重要性を理解されたなら次に移りますが、性別によって給与額を決めていないことを証明する必要性において、「えっ! 年功序列システムでも良いのか?」と感じられた方もおられるでしょう、答えはイエス。
(いわゆる)年功序列システムは自社での勤務年数に応じて給与額を上げていく昇給制度を指し、卑近な例だと、毎年給与額を全員一律に引き上げていくや、毎年付与するボーナス額を一律上げていくなどがあります。要は給与額決定の過程に性別あるいはその他の差別的行為が入る余地がないことを証明できれば良いわけです。(但し年功序列システムを採用した企業に優秀な従業員が不満なく居続けてくれるかどうかについては言わずもがなです…。)
ところで「差別行為があったかどうか」が裁判で認められるにはDisparate TreatmentとDisparate Impactのいずれかまたはどちらもがあったかどうかが問われます。前者は「(不公平で)異質な扱い」、後者は「(不公平で)異質な影響を与えた」を指しますが、これを上述の年功序列システムに当てはめてみるなら、全対象者に等しく適用していれば、異質な扱いはなく、また勤続年数が増していく過程で同じ従業員区分の誰かに異質な影響を与えてもいないため、そこに禁止された理由による差別を意図するものが入っていない限りは差別に当たらないことになります。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第35回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(6)』
昨年末より当コラムでは、1963年に法制化されたThe Equal Pay Act(同一賃金法とも賃金平等法ともいう)を繰り返し取り上げてきました。同法を知ることこそが自社の人手不足を解く鍵となり且つまた最新の米国雇用事情を知るには避けて通れない課題だからです。そして同法は雇用全体の根幹と言って差し支えない重要事項であることからも今回は更に詳しく取り上げることとします。
当時は男女間での給与格差が著しかったため性差別行為を阻止するべく同法が成立した所以であるも、同法が半世紀前に施行されたにもかかわらず今に至ってなお解消されたとは言い難くそのうえ人種や年齢など別種の差別も絡んできていることから、最近はより一層問題視され始めたと言えるでしょう。
そこで雇用主側に対し、はっきり差別行為であることを理解せしめつつ尚且つ是正して貰うよう分かり易い戒め事として出てきたのが前々回=2月24日号掲載=と前回=3月23日号掲載=のコラムでも紹介した「Salary History Bans─雇用主が求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律(の総称)」および、「Pay Transparency Act─募集するジョブポジションの給与額を前以って公表させる法律(の総称)」なのです。
これらが最近になってなぜ米国各地において施行され始めたのか? それは、今から雇おうとする求職者達のこれまでの給与額を知れば雇う側は当たり前のようにそれに少し上乗せしたオファー額を提示するでしょうし、そうなれば低額の者と高額を得ている者の間で給与額が益々開いていってしまうことになります。そこで出だしから給与格差が生まれるのを防ぐため雇用主側に対し、求職者に向けて得ている(いた)給与額を問うことを禁じ、更には募集中のジョブポジションの給与額(枠)を前以って公表させるようにも強いたのです。
では、「採用時の注意点はわかった。ならば採用した後はどうか?」と問われれば、同じ職務に就いても各人の職務遂行能力に差が生じることによって従業員達の給与額に開きが出てくることはどの企業にも起こり得ますが、冒頭で取り上げたThe Equal Pay Actでは、これまで同じ就労内容・同じスキルにて・同じ責任範囲であるポジションの従業員のみが賃金の不均等についてのクレームを行うことが可能でした。ところが連邦法のThe Equal Pay Actとは別にカリフォルニア州においてCalifornia Fair Pay Actという独自に進化してきた州法が改正されたことにより、2016年1月以降は、類似の雇用条件下で類似の就労内容であればクレームを行うことができるようになり、更に同法に基づくクレームに対して、雇用主は年功序列・メトリックシステムなど公式に定めた制度の下で各従業員の給与の調整を行っており、性別によって調整を行っていないことを証明する必要が生じたのでした。次回に続く。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第34回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(5)』
前回2月24日号掲載の当コラムでは「人手不足」を解く鍵であるThe Equal Pay Actに注目。同法から派生した或いは同法の精神に基づいて法制化されたSalary History BansおよびPay Transparency Actを紹介し、合わせて前者は「雇用主に対し求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律」であり、後者は「雇用主に対し募集する仕事の給与額を前以って公表させる法律」だとお伝えしました。
お察しされるが如く、応募してきた者に対し「以前に働いていたところでいくら給料を得ていたか?」「現雇用先企業でもらっている給料額は?」と訊ね今から雇おうとする募集元企業が求職者の貰っている額を知れば、雇う方は自ずとそれに少し上乗せした額を先ずは提示することでしょう。そして低額の求職者には現給与額に少し上乗せした低額を、高額を得ていた求職者には現給与額に少なくない金額を上乗せした高額をオファーしていくことで給与額がますます開いていってしまうことになりますが、この事こそがこれまで半世紀に亘って繰り返されてきた問題行為だと捉えられているのです。そしてそれ故に雇う側には予め給与額を開示させ、求職者に対しては現給与額を含めた給与履歴を問うことを禁じるようになってきたのです。
翻って、採用後に同じ(または類似の)職務に就きつつも各々の職務遂行能力度合いに差が生まれ、そこから従業員達の給与額に開きが出てくることは多くの企業で起こり得ます。能力差が理由で彼我の給与額が開いていくことは差別行為とはならないものの、事実が採用時から既に他者より低い額をオファーされての就労開始であれば誰彼にかかわらず働きたいとの意欲が失せるのが必定であり、そして今後は差別行為と見做されることにもなるでしょう。
では雇用主側である企業は如何なる措置を執るべきか或いは講じておくべきか? 簡潔にいえば自社のそれぞれの職務(ジョブポジション)に対し前以って給与額を定めておくこと、つまりは上限値・下限値を備えた給与レンジ…それも誰もがその給与レンジ幅や価格帯を論理的で妥当と考える…を設定しておくことなのです。
その為には自社が持つジョブポジションについては一定間隔で市場給与調査を行い、常に競争力ある自社の給与レンジを確立しておくべきです。ちなみに競争力とは単に金銭的多寡を指すのではなく、それをも含めた上でのいわゆる自社の魅力や売りどころ、それらを知り総合的にみた自社の競争力を把握しておくべきでしょう。そして、その給与値幅や給与帯の設定の根拠および妥当性に自信がありさえするなら募集するジョブポジションの給与値を事前に提示・公表することに不安を持たない筈です。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第33回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(4)』
昨年11月25日号掲載の当コラムにて、1963年にできた連邦法The Equal Pay Actを取り上げました。理由は当コラムの見出し「人手不足」を解く鍵は同法にあり同法を理解することが解決への端緒ともなると考えたからです。
日本語にすると「同一賃金法」とも「給与平等法」とも訳せるでしょうが、先の幾多の戦争で多くの男性が兵役のために職場を離れ、それまで専ら家事を担っていた女性が男性に代わって(外の)労働に大量に加わったものの当時は男性の6~7割程度の賃金(注)しか貰えず、同様の職務に同様の条件下で就く男女間の給与額に著しい格差があることを解消しようとしたことが同法制定の背景にあります。((注)同法成立当時の女性の収入は男性の収入1ドルあたりわずか59セント:出典はCenter of American Progress)
しかしながら、同法成立から60年以上経つにもかかわらずそして所謂DEI(Diversity多様性・Equity公平性・Inclusion包括性)意識が高まる昨今の流れの中にもかかわらず、今以て男女の給与格差はみられ加えて人種別にも給与格差があることから、近年は同法そのものの解釈を拡大したり派生して新法が設けられるなど是正する動きが活発化しています。
同法の精神を受け継いで設けられたものには例えばSalary History BansとPay Transparency Actがあります。これらを簡潔に申せば、応募してきた求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律、公平性と透明性を高めるべく先んじて自社給与額を公表せよとの法律であり、各地域で法律名は異なるもののこれらの総称といえます。
Salary History Bans、即ち「前社ではいくら給料をもらっていましたか?」「現職での給料額はいくらですか?」と質すことは22の州22の自治体で既に禁止され、そしてこの流れは今年初めのバイデン政権が連邦政府の請負業者にも課す動きなどから今も続いており、そのうち米全土で禁じられる日が来るかもしれません。
対するPay Transparency Actの方は各地によって制約や内容が大きく異なり、従業員50名以上としているところもあれば15名以上や4名以上の企業に課すとする州もあり、人数以外の条件では求職者や従業員から求められた場合のみ(最低および最高の給与範囲と福利厚生を)開示義務が生じる州や募集広告を出す際にpay range(給与枠)を記載することを義務付ける州などがあります。要は後出しじゃんけんとならぬよう募集するポジションの給与枠を予め内外に公表せよというのが核心部分となります。
